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藍染めとはなにぞや
其の十

『衣とはなにぞや』

 とうとう最後の章です。ここまでお読みくださりありがとうございました。
 

 これまで書いたことは、あくまでまだ半人前にも満たない私のささやかな知識で、信頼出来る方の受け売りで、もしかしたら言葉が足りなかったり、詳細が違うことも含まれているかもしれません。かと言って、それでも記憶が曖昧なことは調べ、補足して書いたので、事実と全く相違するということはないと思います。また、泥藍染め(どろあいぞめ)など、ほかの藍染めに関することには全く触れず、藍染めの全てを網羅したとはとても言えません。その辺りのご理解を頂けたら幸いです。

 

 掘り下げていけば、まだまだ奥深い藍の世界。私はこれから更にその世界の深みまで探検しに行きます。見守っていてください。

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 最後に私の好きな文章の引用を。

 私に最初に染めもの(茜染め)の素晴らしさを教えてくれた、意識を拓いて生命力を高め、自己の生活に自ら責任を持ち、その感性で日々を一歩一歩大切に生きることを実践し、先導してくれている冨田 貴史さんが書かれた『纏う薬』です。

 

 藍染めも染めるものがなければ始まりません。なぜ、人は草木などを使い、そこまでしても色を欲したのでしょうか?衣って、私たちにとってなんなのでしょうか?今の時代、食べ物ほど生命にダイレクトに関わるものではない故に、そこに想いを巡らすことはちょっと後回しです。でも今一度、その在り方を見つめ直す時間を作ることは、とても有意義なことだと私は考えます。

 私が深く共感し、とても素敵なお話なので〆に是非。

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『 纏う薬 -命は命に包まれている- 』

命は、海を纏って生まれてくる。

子は母の羊水の中で十月十日を過ごし生まれてくる。

そして乳酸菌の膜に包まれ、乳酸菌が満ちる産道を通って母の外に出てくる。

海から陸にあがってきた最初の植物たちは、様々な種類の菌達に包まれ、菌達に助けられながら陸上生活を始めたという。

海から来た、菌を纏った命。

そして命は衣を纏うようになる。

皮膚を包む常在菌と外界との間に、衣服を纏う。

「衣服は大薬なり」

麻や絹や綿や、それらに染み込ませた草木の成分は、常在菌が皮膚を通じて体に働きかけているように、纏う者の身に何らかの影響をおよぼしている。

色が身体や精神に与える影響。

草木の持つ様々な薬効。

繊維の持つ通気性や保湿性、保温性。

石や砂からとれる朱色、丹色。

紅花からとれる紅色。

赤い根からとれる茜色。

臙脂虫からとれる臙脂色。

同じ「赤」に属する色だが、それぞれ印象も効能も違う。

大事な約束事や護符には朱を、腹帯には紅花を、襦袢には茜をと、使い分けていた文化。

「衣食住」という言葉の初めに「衣」がきているように、衣服は暮らしの要。

綿や茜や紅花の畑。

桑をはむ蚕の姿。

糸を紡ぐ小屋から聞こえる話し声。

機織りの音と子らの寝息。

手あぶりの七輪と、服を繕う糸の動き。

桑畑に注ぐ沢の水。

それら含めて衣服文化。

纏うものが、その身とつながる社会との関係をかたちづくっている。

「インドのイギリス化(近代化・機械化)はイギリスの侵略によるものではなく、インドがイギリス化していく事を従順に受け入れたことによるものであり、インド人自身が引き起こした結果である。」
ー マハトマ・ガンジ ー ー

インドのマハトマ・ガンジーは、「非暴力・不服従」を掲げ、自ら綿花を育て、糸を紡ぎながら、衣服を始めとする生活必需品の自給、国産品の利用を推奨し続けた。

当時インドでは、綿農家は格安な金額でイギリス資本による紡績工場に綿を売り、その工場で大量生産された衣服をイギリスやインドの都会の人たちが買うという構造が出来上がっていた。

17 世紀頃から盛んにおこなわれていた「三角貿易」で取り引きされた主なものは、砂糖と綿。

ヨーロッパから酒や繊維や武器をアフリカに運び、売り、そこで奴隷を買い、中南米に運び、そこで奴隷に綿花を栽培させ、安価で買い取りヨーロッパに運び、工場で繊維製品を作り販売する、というビジネスが産業革命を支えていた。

戦争が起こったり、軍備増強になると、大量の軍服、制服が必要になるため、繊維産業は戦争を是とする国にとっては欠かせない基幹産業になっている。

そして19 世紀、石油による合成染料・顔料の発明によって、大量の軍服が素早く、均一に生産できるようになった。

その後、度重なる戦争と軍備増強の波の中で合成染料・顔料は急速に広がっていき、それまで各地でおこなわれていた自然染め、草木染めの文化は、廃れていくこととなった。

巨大化するグローバル企業が巨大な工場で作る石油繊維が、土や水や空気を汚染しながら大量に生産され、大量に廃棄されている。

桑畑も、沢の水も、桑をはむ音も、機織りの音も、掻き消えるような勢いで。

衣服の速度が上がりすぎている。

商店街の一角で染めものをしていたら、斜め向かいの駄菓子屋のおばちゃんが話しかけてきた。

「今度の花見に間に合うなら、これを染めてもらいたい」と言って、三十年前に着たままになっていた白いシャツを出してきてくれた。

よく見れば、たしかにすこし、肩のあたりが日焼けしている。

でもほんのちょっと。
ほんのちょっとのことが気になっているだけだったからこそ、それまで三十年とっておいたのかもしれないと思った。

何度か茜という染料で染めては、見てもらって、また染めては見てもらってを繰り返しながら、何度か染めて、花見に間に合うように染めることができた。

「はたらく」の語源は「はたをらくにする」である。

隣人に楽を。

衣服は、繊維や草木は、私たち隣人を楽にしてくれている。

染め直すと衣服は元気を取り戻すし、見たり着た者の心も明るくする。

「染め直す」という選択肢が生まれることで、捨てるものは減り、手仕事の機会は増える。

染める場や、紡ぐ場や、織ったり仕立てる場が増えることで、心身のみならず地域も変わっていく。

町の中に誰でも自由に使える「染めスタンド」があり、老若男女が思い思いの染めをしている。そばには藍や茜や桑や紅花の畑が広がり、親子や犬猫が入り乱れながら、皆の衣服が生産、再生されている。そんな社会。

そして「きれい」とか「美しい」という言葉を口にしたり分かち合ったり、祝いあったりする機会が増えることで、美容効果や若返り効果なども十分に見込めるとFICTION 独り言している。

私たちがどんな社会を生きようと、私たちの纏うすべての衣服は、今も私たちを包み込んでくれている。

ありがたき大薬なり。

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『 纏う薬 - 命は命に包まれている- 』
冨田 貴史 著
冨貴電報 2017年霜降号より
(ご本人にご許可を頂き掲載しています。)

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